3大テノールの後継者、Salvatore Licitraサルヴァトーレ・リチートラ 日本公式ファンクラブサイト
Salvatore Licitra(サルバトーレ リチートラ)日本公式ファンクラブサイト

リチートラはクラシック・テノールとしての長所を持ち合わせている。光り輝くトランペットの様な高音、重みがあるクリアーな低音、そしていつも次のフレーズまでその音色を持続させられる声。彼はまた、誰もが歌い手に切望する人格も兼ね備えている(Newsday)。

何年か前までは、サルヴァトーレ・リチートラは故郷のイタリアでグラフィック・デザインの仕事をしていた。彼とルチアーノ・パヴァロッティやオペラ界との唯一の接点といえばイタリア人であるという事だった。今日、彼は音楽界の中でも威厳ある座“ドラマチック・イタリアン・テノール”の後継者の一人として名を列ねている。New York Observer紙は「カリスマ的なアーティスト、リチートラは確かに現在スターの座を保っているテノール二人(パヴァロッティ&ドミンゴ)の後継人になりうる。彼は無理のないエレガントさ、コントロールされたMezza Voce、そして必要な感情表現に合わせて音質をコントロールできる才能を持っている。」と書いている。

シチリア人の両親の元、リチートラはスイスで生まれイタリアで育った。19歳で仕事を辞め発声の勉強を始める。それは好運を及ぼす決断となる。ドラマチックなイタリア・オペラのレパートリーで名声を得ているリチートラはヴェルディやプッチーニを始め数多くのレパートリーで※「偉大なるイタリア伝統を象徴する価値ある人物」(New York Times紙) である事を証明した。2007年冬のメットでは「道化師」を終えた後、突然のリクエストにも関わらず、病気のテノールの代役として「カヴァレリア・ルスティカーナ」への出演を承知した。一晩に2公演を成し遂げるという快挙はメット史上6番目であった。

あのイタリア人テノール、カルロ・ベルゴンツィが設立した「Corsi Veridiani」を卒業し、1998年リチートラはプロとしてトリノ・レジョー劇場にて「仮面舞踏会」でデビューした。彼の評判はその年アレーナ・ディ・ヴェローナでの公演後広がり、次のシーズンではムーティーの指揮でスカラ座デビューを果たした。しかし、リチートラが世界中から賞賛を浴びるきっかけとなったのは、
ルチアーノ・パヴァロッティの最後の舞台となるはずだったメット公演に代役として出演した事だった。AP通信は「これは始まりでしかない…リチートラへの喝采は2分半以上続いた。劇場の特別な配慮で彼が観客の熱狂を見れる様に、観客席のライトが点けられた…それは近日中で最も成功したメット・デビューだった。」

2007年春、リチートラはジェームズ・レヴァインが指揮をするプッチーニの「外套」、新しいプロダクションでの「三部作」の一部、に出演する為メットに戻る。その後はウィーン国立劇場、ロンドン・ロイヤルオペラでの出演がある。6月にはノルウェイオペラのでのデビューが控えている。

Sony BMGの専属レコーディング・アーティストとしてリチートラがリリースしている「Forbidden Love/禁断の恋」はイタリアの情熱的なオペラを多く取り入れている。2008年にリリース予定のアルバムはイタリアの伝統的なクラシックやポピュラーな曲が中心となる。


リチートラの住居地はスイス・ティチーノ州である。趣味は特に料理とカー・レースが好きである。

※ヴェルディの「アイーダ」「仮面舞踏会」「エルナーニ」「運命の力」「イル・トロヴァトーレ」、プッチーニの「西部の娘」「外套」「トスカ」「トゥーランドット」、ベルカント・オペラ、ベッリーニの「ノルマ」、ヴェリズモ・オペラ、ジョルダーノの「アンドレア・シェニエ」、レオンカヴァッロの「道化師」、マスカーニの「カヴァレリア・ルスティカーナ」など。

生年月日:1968年8月10日
家族構成:両親&弟